平戸の聖地と集落
(中江ノ島)

中江ノ島について

中江ノ島について

中江ノ島は、生月島と平戸島の間にある無人島で、潜伏キリシタンが最高の聖地として崇拝してきた場所です。この島では、1622年と1624年に多くの信者の血が流されました。
 1613(慶長18)年に江戸幕府によって全国に禁教令が発せられると、キリシタン弾圧や教会の破壊が開始され、宣教師や有力キリシタンを海外追放が行われていきます。国内に宣教師が留まることは不可能に近い状態にも関わらず、追放された宣教師たちは密かに日本に戻り、布教を試みたのです。しかし、彼らのほとんどが捕らえられ、処刑されてしまったのです。カミロ・コンスタンツォ神父もその一人です。1605(慶長10)年に一時追放となったカミロ神父は、1621(元和7)年に再び日本に戻り平戸や生月、五島で活動を行いました。しかし、五島列島宇久島に渡った所で五島藩の役人に捕らえられ、1622(元和8)年9月15日、田平側の平戸瀬戸に面した焼罪(やいざ)で処刑されました。さらに神父の宣教活動を手助けしたとして生月島のヨハネ(ジュワン)坂本左衛門やダミアン出口らが中江ノ島で処刑され、2年後には彼らの家族も処刑されています。殉教者たちは白波立つ岩の上で首を切られたり、袋に詰められ海に突き落とされたといわれています。生月の山田地区のカクレキリシタン信徒が歌う「サンジュワン様の唄」には、殉教者への思いが切々と歌われています。

サンジュワン様の唄

前はな 前は泉水やな 後ろは高き岩なるやな 前もなうしろも潮であかするやーなー アー この春はなー この春はなァー 櫻な花かや ちるじるやーなァー 又くる春はなァー つぼむ開くる 花で あるぞやーなァー

サンジュワン様の唄(提供:平戸市生月町博物館「島の館」)

 かくれキリシタンの方々はこの島を「サンジュワン様」とも呼び、聖水を採取する「お水取り」の行事(儀式)が行われます。お水取りは、断崖の割れ目の前に正座し、信徒がオラショを唱えると、壁面から水が染み出てきて、それを採取する行事です。持ち帰られたお水は聖水として祀るとともに、お授け(洗礼)や戻し(葬式)に用いられる他、おまぶり(剣先十字形の神のお守り)に魂を入れたり、御前様(組の御神体)に供えた餅を薬餅にするのに用いられたといわれています。お水自体も薬として用いが、宣教師の報告ではキリシタン時代にも同様の用い方があったことが記されています。
 このように中江ノ島が最高の聖地として崇められる所以は、単に信仰の対象としてだけでなく、自分たちの先祖の殉教の歴史と密接に関わっているところにもあるのです。

中江ノ島眺望スポット

中江ノ島は上陸できませんが、生月島に向かう途中や生月島から中江ノ島を眺望することができます。

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